ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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修復にむかって~その2。


家に大工さんが入った。
そこで一番先に行われたのが壁をはがす作業。


壁のなかに 侵入した津波の跡はどうなっているのだろう。
ということと、電気の配線が全くアウトになっているので
なおすためである。


P1000406.jpg




みごとに 断熱材はぐっしょり濡れていて もう暖かくなってきているので
所によっては カビが発生していました。

そして、この 壁板の格子の一段一段、全てに またもやヘドロ。。。


P1000405.jpg





↓台所。
シンク台も全て撤去です・・・。シンクのステンレス部分以外は
もろくも、カビが発生。底が抜けてしまいました。
ついでに 吊り戸棚、換気扇、みんなリニューアルすることになりました。

P1000407.jpg

↓震災発生すぐのころの だいたい同じアングルの台所。
数ヶ月で まさか こんなふうに 修繕できるなんて夢にも思わなかった。

P1000280.jpg






工務店が決まったのが6月ころ。 着工したのが7月。
大工さん、暑い暑い 猛暑の中での作業なのに 急ピッチでやってくれました。
でも、材料がなくて 時々 おやすみの日もありました。

はやく 我が家に戻りたい ジッチ、バッパは もどかしい気持ちで
叔父さんの家で暮らし
この間も 叔父さんの家から 通ってきて 工事を見守りました。



P1000409.jpg



引越した私たちは、旦那の実家での暮らしに慣れること、子供達の送り迎え・・・
そんな日々で なかなか こちらには来れなかったけれど
時々、送り迎えのついでに寄ってみては 工事の様子を伺っていました。

P1000408.jpg

工事のことも、結局は 親まかせになってしまい
申し訳ない気持ちやら、急に二人(叔父さん含め3人)になってさみしい思いをしていないか
いろいろ かんがえてしまった。


本当に 複雑な気持ちだった。

まだまだ 置きっぱなしにしていた 自分たちの荷物もあり
洗浄や片付けにも 来たかったけれど 
なかなか 来ることができず
自分は 何をやっているんだろう。

そんな 気持ちの毎日だった。




両親は もう、一刻もはやくここに帰りたかった。
少しの希望が、気持ちを焦らせたけれど、
もう少しの辛抱だから、と 頑張った。

私も、両親がここに戻ってくれれば 安心だと思った。

家は 確実に 修復へとむかっていた。


けれど私の心は傷をえぐられるような毎日だった。

私も、ここに 一刻も早く 帰りたかった。


今更、旦那の実家を出れるのだろうか・・・そんな葛藤が心の中で始まっていた。


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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2012/05/03 01:52 ] 震災の記録 | TB(1) | CM(0)
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