ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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自分が被災者になるということ

「自分が被災者になるということ」

これに関しては いまだに信じられなくて 実感もなくて

そして 被災した街にいると 「ぎょ!」と目を疑うような光景もたくさん飛び込んできて。

それなのに

震災の記憶の大部分が だいぶ 色あせてきています。
まだ、1年と4カ月未満しかたっていないというのに。

いいことなのかもしれないけれど 

そんな自分が 薄情者に感じて嫌になります。

あんなに「絶対に忘れない」と思ってきたのに

日々の生活が 平和なものになってきたからなのでしょうか。

先日かかりつけの心療内科の先生も話していました。

「人間は本能的に嫌な思い出、辛いこと、ストレスと感じたことを忘れようとする」らしいです。

そして

「みな、災害時躁状態に陥る」のだそう。

ようは、気を張っている状態ということなのかな。






記録に残すことは 「忘れないため」。

だけど、そろそろ

私の体験したことは ひと段落となる。


前回は、われわれ家族が家のリフォームも終わり 無事に家に帰ったところまで書きました。

私たち家族のことは これで ひとまず落ち着くわけで 

記憶の記録も もう 終わりになるかな・・・と思っています。

もっと、細かく思い出すこともあるけれど

それはそれで また 少しづつ 書いておこうと思います。



結局のところ 自分は何を「書き残して」「忘れたくない」のか。

自分が 津波を見たこと?ライフラインが復旧するまでの苦労話?大変なことをわかってほしいから?


うーん。
どれも違う。


結局 私が ここに自分が経験したことをそのまま書いて
ここに来てくれて 読んでくれた方に感じてほしかったことは


「防災意識を持ってほしい」

ということ。

イコール 『命を守って欲しい』ということです。

未曾有の災害、1000年に一度とも言われる災害に遭遇した私たち。

けれども もう二度とないとか、自分が生きているうちは大丈夫とか そんなことはわからない。

岩手、宮城、福島 だけじゃなく

関東だって、東海だって 関西だって 北海道だって。

どこでも 日本は地震国なわけですから

もしも、万が一のことは 年に一度、3.11のときだけでもいいから

備えについて 考えて 行動してほしい。


大きな地震に慣れっこになってしまっていた「宮城の人たち」は 多くの犠牲者が出ました。

「まさかここまで 津波は来ないだろう」

「ちょっと片づけてから避難する・・・」

「まずは家や家族の安否が心配・・・」

「車のほうが楽だから・・・」


そういった 私も全く同じように思っていた人たちが たくさん犠牲になりました。

生かされた人間として 何ができるかと考えれば そりゃ 復興のために何かできることはしたいです。

でも それと同時に 日本中のみなさんに防災の意識を高めてほしい。

そんな風に 思う。

だから 

わたしは 自分の記憶を残すことにしたんです。


いたずらに煽るわけじゃないけれど 

「備えあれば 憂いなし」です。

でも、どんなに立派な防災グッツを常備していても 今回の大津波のようになってしまえば

持って逃げる余裕さえなくなります。

でも、それでも いいのかなって、思います。

体ひとつで逃げたって十分なんです。

とにかくは 逃げること。

みなさんが 無事でなければ 何の話にもなりません。

逃げた先で 「防災グッツ」があれば それりゃ、大いに助かりますし、便利な思いはします。

でも、それだけ。

2~3日 ちょっと食べなくても 平気でした。

ラジオや懐中電灯がなくて 不安な思いはしたけれど

他の手段がなんとか 見つかるはずです。

ただし誰かが助けてくれるのを当てにするのとは違います。

究極の状態に追い込まれると 人間は たくましいものです。

だから まずは 優先順位として

自らの体を守ることをしてください。

家族と もしバラバラにいたとしても 必ず信じあう約束をしておいてください。

「僕は学校に避難するから大丈夫。だからお母さんも、必ずどこか安全な場所へ避難してね」

これは、岩手県、釜石市が行っている防災教育の中で 「家族の話題」として話しておくこと

として子供たちに教えてあったことだそうです。

そして 「釜石の奇跡」と言われた 率先して避難した中学生たちも話題となりました。

近くの小学生の手をとり 高いところ、高いところへと 

「自らが率先避難者となること」という日ごろの防災訓練や教育が生かされて

子供たちの犠牲者が少なくすんだという。

これは この先の石巻市民は見習わなければいけないと思うし

他のどこに住んでいても そうだと思います。


私たち家族は 偶然や幸運が重なって 今 こうして生きていて

家にまで帰ることができました。

だからこそ 次はきっとこんな偶然も幸運も無いと思うし、
次こそは あの時つらかったことを繰り返さないように

ただ便利なだけと言い切ったけれど やはり 無くてはこまることもあるので

そういった「備え」の話もしたいと思います。




つづく


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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2012/07/01 00:33 ] 震災の記録 | TB(0) | CM(2)
忘却は心のお薬ですからね、薄情なんじゃないと思いますよ。
忘れてはいけないことかもしれないけれど、
全てをクリアに覚えていなければならないわけでもない。
持っているのが重たすぎるなら、ちょっと置いてみても、ね。

恐怖を煽るためじゃ勿論ないって分かってますよ。
同じ悲しみ、苦しみを経験しないようにと祈っていてくれるのも
分かってます。
だって、日本の神さまって、そう言う発想だもの。
”自分の味わった悲しみを味わわせたくない”から
その災厄から人を守ってあげる神さまになるんだもの。

ただ、それだけでもない。
記憶を記録として残したいと言うのはあると思うんですが、
あの途方もない出来事ときちんと向き合って
こるくさんの中で、整理、整頓、及び決着と言うか何らかの結論を
出そうとしているように見えます。
それも、とっても大事なことだと思いますよ!!
[ 2012/07/01 22:35 ] [ 編集 ]
史さんへ
>忘却は心のお薬ですからね、薄情なんじゃないと思いますよ。

なるほど。そうなのよね。
「飲む」だけが薬じゃない。
自分が嫌になっちゃう・・・けれど そう言ってもらって どこか ホッとしたい自分もいたりして。

やはり自分の心の中は 「前に進むため」にいろいろな葛藤があります。
純粋に震災経験だけではなく それに伴った気苦労は
本当は もっと 奥深く「こんなのブログで書いたらどんな目に逢うかわからない!」てなことも
たくさんあって。
どこまで 自分自身、家族の気持ちをさらけ出していいかわからないけれど
震災をきっかけに 大きくさまざまな変化があったのは事実で・・・

もう、何を言いたいかがわからなくなっていますが

こるくさんの中で、整理、整頓、及び決着と言うか何らかの結論を
出そうとしているように見えます。

この言葉にドキリとしたこるくであります.
でも、さして、大した結論は出ないんだけどね~(汗)。
でも書くことで
だいぶ 心の整理はついた様に思います。

[ 2012/07/02 14:14 ] [ 編集 ]
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