ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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母校探索へ行く。



私が卒業した高校は 石巻の市街地から魚市場方向に向かう
国道沿いにあった 湊、渡波方面にあった女子高でした。



私はあまり高校時代はまじめに授業を受けるタイプじゃなかったし
アルバイトに明け暮れたそんな高校生だった。

でも、いまだに覚えている高校の思い出のひとつ。


学校の近くには海水浴場があり 学校の裏手も砂浜があった。

学校の校庭の奥の方にあるフェンスについた扉を開けて進むと
松林と繋がっていて 

自然にできたのか、誰かが作ったのかわからないけれど

松林には人が歩ける小道ができていて

そこをずっと海岸方面に歩いて行くと ぱっと松林を抜け

大きな道路に出る。

大きな道路を渡ると 防波堤があって 防波堤には階段がついていて。


その階段を上って 砂浜へ出て クラスのみんなで清掃活動をした思い出がある。

いつも学年末の時期に 「何かいいことしよう」と言って 分散会をやった後に
海岸へゴミ拾いに行くのが 毎年の恒例行事だったな。

そんな、海に近い学校だから

震災の後は 実際に見るまでもなく きっと大きく被災したんだろうと思っていた。


そして、想像は当たり、現在は高台にある 娘たちの高校の敷地内に仮設校舎が建ち

生徒たちは そこで過ごしている。

震災の前から この石巻市立の高校2校は 統合される予定だったけれど

結局 震災によって これも 急ピッチに進まざるを得ない感じもする。

先日、具体的な統合案、新しい名前までも決定した。




自分の娘たちの学校によその学校の仮設がたっているわけで

目につかないわけはなく。

それが しかも 自分の母校ですから。


自分の目で一度 母校はどうなってしまっているのか確かめたくて 

夏休みに入る前に見に行ってきた。



行きは 石の森漫画館の近くを通っていったのだが

そこの交差点歩道橋には 津波到達点の標識があった

DSC_0209.jpg

DSC_0210.jpg




こんなに高いところまで 津波は襲ってきたんだ。






学校に着く。

学校の向かい側の 国道沿いにあったお店も家も みな取り壊されていた。

その、不自然な空き地に車を止めて

ブログにUPするか迷いながらも 写真を撮ってきた。


ぱっと見は 変りなかったんだけど

DSC_0217.jpg



よーく見ると 一階の部分は壊滅的で。窓ガラスも割れたままでした。

DSC_0218.jpg

校舎から横にあった 校庭側を見れば工事関係者のプレハブが建っていて
DSC_0219.jpg

ここは石巻市立の高校ってことは ようは 石巻市の土地なわけですから
校庭はがれき置き場になっているわけです。
DSC_0222.jpg


DSC_0214.jpg


裏の海岸から 校舎をのみこんで 国道に流れ込んだ津波の爪痕は
そのまんまだった。
DSC_0221.jpg


帰りは日和大橋を通ってきた。

まだ撤去される前のくじらの缶詰。

これが目の前に現れると ドキッとする。

DSC_0223.jpg

運転しながら パチリは危ないけれど
思わず撮らずにはいられない
海岸沿いにあった 公園に積まれた がれきの山・・・

DSC_0227.jpg


子供たちが小さいころ、よくここの公園に連れてきたのにな。

震災から1年半ころの写真。

なにか、前進しているように感じることが多くなってきた 気がしていた。

少しずつ片付いてはいるんだけれど

実は まだまだ なんにも片付いていない 石巻。


私の通学した母校は このまま どうなっていくんだろう。

ここに 夢をはせて入学した今の在校生たちの心は いくばかりなのだろう。




でも、こうやって 感情に浸ってばかりはいられない。

思い出は心の中にちゃんとある。

それさえも 流されてはいないから 

一人ひとりの心の中に 必ずあるよね。





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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2012/10/18 15:57 ] 被災地の今 | TB(0) | CM(8)
人の力も凄いと思うときがあるけれど…。
今回の災害は、規模があまりにも大きすぎましたね。

もう…
言葉もなく…
だって、言葉だけじゃ、あまりに虚しすぎて…。
[ 2012/10/19 09:57 ] [ 編集 ]
史さんへ
コメントありがとう。

言葉にするのは 本当に難しいです。
だけど、ありのまま
私が伝えられることは伝え続けていきたいです。

確かにそこにあったこと。
大切な人がいたことが
忘れられないように。

うん。人の力は凄いですよね。

だからきっと また 前のように
活気ある石巻に戻れると
信じています。
[ 2012/10/19 10:30 ] [ 編集 ]
阪神大震災と比べてはいけないと思うけど、あまりにも政府が頼りなさすぎと思います。復興予算の件にしても腹の立つことが多く…。被災地のみなさんのことを政治家は考えているのか!!!????と思うことが多々。
母校が復活されるといいですね。新しいものと古いもの。織り交ぜながら、美しい石巻に戻れることを期待します。
[ 2012/10/21 20:59 ] [ 編集 ]
京女。さんへ
コメントありがとうございます。
そうですね、比べてはいけないけれど やはり今回の被害の規模が
人間の考えることが追いついていないような、そんな気がします。

被災地でも、政府の頼りなさにはがっかりする声は多く
それこそ石巻の観光施設などの修復は
国の復興予算には入っていないらしく
結局各自治体が支援を足しにして修復しているのが現状です。
NPO団体や個人・・・様々な形の基金、募金、などの支援
がなかったらどうなっていたことでしょう。
でも、国の方も「観光」よりもそうせざるを得ない
大切な「住民の住まい」の確保に手一杯のようです。
今回は 住むところを無くした方々が多すぎたということなのでしょうか。

私の母校は もともと統合される予定だったので
もしかしたら 取り壊されてしまうか。
再利用されるのか 全く わかりません。

でも 日本に応援して下さる方が一人でもいる限り
あきらめない人がいる限り 石巻や被災した街は必ず
生まれ変わることができると信じています。
[ 2012/10/22 15:24 ] [ 編集 ]
あ、ここのT字路も自転車で通りました
標識もそうでしたね
学校も行きました
友だちに説明されて、写真は撮らなかったんだなぁ・・
何も変わっていないようだけど、少しずつですね
私もまた少しずつ前進しなければ・・
何かのお役に立つならば
[ 2012/10/22 22:06 ] [ 編集 ]
Φマンさんへ
そうそう、Φマンさんの写真を見て
「あ、あたしも撮ったのにUPしてなかった!」と思いだしたのでした。。。
学校も行ってくれたんですね。
でも、実際見てわかったかと思われますが
この高校はまだマシな方ですよね。
湊小学校、中学校は・・・。
こういった学校にはがれきを置いてはだめだよね。

高校はさ、初めから統合が決まっていたから がれき置き場になっちゃったような気もします。
さみしいけれど。


私もまた少しずつ前進しなければ・・
何かのお役に立つならば

そう思ってくれるだけで 嬉しいんですよ。
ありがとうございます。
[ 2012/10/23 00:02 ] [ 編集 ]
1つ前の記事にごめんなさい。
これは、夏休み前ということで7月の写真かな?
私、この地区に震災後足を踏み入れたのが
昨年の4月11日でした。
その後、昨年のGWに友人の妹さんの家に行き
その後はボランティアで毎月のように
高校の前の道を通っています。
昨年のGW時点では、友人の妹さんの家には
なんと!
車で行けなくて、車を降りて歩いて行こうとしても
崩れた家を2軒ほど乗り越えなくてはいけないので
恐くて、行くのを断念したんですよー。
あの頃と比べれば、格段に片付いた印象があるのですが
いざ『復興』と思うと、全然進んでいないですよね。
昨年秋以降と今年では全然変わっていないような気がします。
この高校は、実家の姉の母校なので、私は文化祭に行ったことがあり、
制服のネクタイ姿にあこがれた想い出があって
今でもボラバスでの半島の行き帰りに、校舎と隣の瓦礫山をみると胸が痛みます。
でも、目をそらさず、いつもしっかり見ています!^^
[ 2012/10/24 09:20 ] [ 編集 ]
Huranaさんへ
いつでもどこでも コメント大歓迎です☆

この写真は6月25日に撮影したものでした。
もっと早くにUpしたかったんですが もう4カ月経ちますので
さらに片付いてきてはいると思います。
友人の妹さん、自宅にたどり着けないだなんて・・・!
1年以上経ってもですものね。なんと言ったらいいのか・・・。

壊れた民家がそのまま残っている現実は 本当に辛いものがあります。何らかの理由で残してある方もいらっしゃいます。
2階部分が浸水していない家は2階を荷物置き場に使っている方、取り壊すのがさみしい、
解体を依頼していてもなかなか業者が来ない・・・
でも、一番つらいのは あるじが、
その家に関係ある方が見つからないことです。
なんらかの許可を得て解体しなくてはいけないらしいので
そういった事情を聞いた時には
胸が苦しくなりました。

Hurunaさんのお姉さまは、私の先輩ですね。
ふふふ。あの当時の制服・・・。
懐かしいですね。ネクタイも、制服の布地と同じようなやつで
毎朝結ぶのが大変でした。
学年章がそろばんのコマの形ですごく嫌でした(~_~;)
時代は移り変わり 現在はかわいいリボン、グレー系のチェックのスカートにブレザーですよ。
この母校は、私がちょうど入学のときに校舎の改装が終わって
ピカピカの新しい教室で過ごしました。
だから、私の中では あの時の綺麗で まだ 建物の新しい匂いがするイメージがあって。
そして 校庭ではサッカー部がいつも練習していて。
当時、女子サッカーはあまり浸透してなかったけれど とても強かったんですよね。

そうか、ボランティアで来て下さっているときに 通りますよね、ここ。
これからも 見守っててください。
いつかきっと 
市民が納得できる姿に生まれ変わってくれることを信じて。

ついつい 長くなっちゃいました~!

[ 2012/10/25 01:50 ] [ 編集 ]
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