ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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3月11日の記憶-その2。


つづき



近所の人が 外に出ていた。
「車がすごい渋滞してきてるよ~」と大通りを見てきたと言っていた。
私は一瞬迷った。歩きで迎えにいくか・・・車も慣れないしなぁ・・・
「慣れない」というのは、車本体のこと。
たまたまマイカーを数日まえから車検&修理に出していたので代車だったのだ。

でもいいや、行けるところまで行って 連れて帰ってこよう。

そう思い 家にまた戻って、車の鍵を手にした。
普段の車移動の癖(いや、なまけ癖?)が後でとても怖いことだったなんて思わず。

「るーくんの迎えに行ってくるからー!」とおじいちゃんとおばあちゃんに玄関から叫んだ。
「気を付けてよー!!貴重品、身に付けておいたほういいよ~!」
このおばあちゃんの言葉になにげなく反応した。
一度部屋に戻って、通帳や印鑑が入っているポーチをバックに入れた。
そして 押入れの天袋に置いていた「非常持ち出し袋」を使いやすい所に置こうと思い、
とりあえず玄関に置き、学校へと向かった。この時はるーくんと家に帰るつもりだった。
そして、さーねえちゃんが無事帰ってきますようにと願っていた。

小学校までは 大通りを直線で5~600m位東へ向かう。
やはり 車はすごい渋滞していた。
ただ 大通りにはわりとすんなりと入れた。が、いつもより のろのろと進む。
信号機がまっくろだった。停止している。あぁ停電なのか?だから混んでるのか?
みんなで一斉に学校に迎えば混むだろうな~、学校に車止められないかも・・・

そのくらいにしか まだ思っていなかった。
そのとき何時なのかも覚えていないし カーラジオも付けなかった。

ただ なんだか異様な 経験したことのない光景だった。

大通りから学校に向かうには 今度は交差点を南へ右折しなけれなならない。
ところが ここが 全く動かない。

大通りから右に見える学校の前の通りがものすごい数の車で動かない。
大通りに出ようとしている列がすごく並んでいた。先頭の宅配便のトラックが
交差点に無理矢理 頭半分出していた。でも 大通りの直進の車はそれをさけて真っ直ぐ進む。
だから 余計に混んでいる。だれか 一回 止まって入れてくれたらいいのに・・そう思った。
でも、西へ向かう直進車はとても混んでいて、だれも止まる気配を感じなかった。

ここは 右折で入れないな

そう思い、交差点左側にあるコンビニに車を止めた。
不思議なことに 車一台止まっていない。

ごめんなさーい、ちょっと 停めさせてくださいね
心でそんなことを言いながら 学校へ歩いて向かった。距離にして200m位かな。
やはり、学校からの車の列がものすごかった。
もうみんな 車に乗って大通りにむかっているが、まったくぴくりとも動いていなかった。

学校の前で 仲良しのお母さんと会った。車に子供たちを載せていた。
「こわかったねー大丈夫だった?」と話したら「大丈夫だよ、はやく迎えに行ってあげて~」と言ってくれた。

そう、考えてみれば けっこう時間経ってるかもしれない。
るーくんのおむかえ おそくなっちゃったな。

体育館へ急ぐ。
ガラスががたがた音をたてていた。まだ余震が続いてるんだ・・・と思った。
担任の先生が児童達を整列させた一番前で待機していた。

すぐ先生がきづいてくれて るーくんを呼んでくれた。
「校舎には戻らないで このまま ランドセルなどは置いていってください」
先生がそう言ったので すぐに上靴のまま荷物をもたずにお別れをした。

体育館には そのまま残っている父兄もいた。
顔見知りのお母さんに声をかけられた。
「怖いから 少し学校にいる」と言って、中学生のおにいちゃんも一緒にいた。
先生方が「そろそろ 校舎の2階にいきましょうか」と話をしはじめていた。

でも、このまま留まろうとは思わなかった。

るーくんと体育館を出て、上靴がバレーシューズだったので寒そうにみえたから
通りがかった昇降口の下駄箱から 外靴を持ってこさせた。
その時、「とーちゃん!!」
るーくんが言った。
え?と思ったら 見慣れない格好のヘルメットをかぶった男の人が 息を切らして居た。
よく見たらお父さんだった。会社の防寒着を着ていたので誰かわからなかった。


事務所から全員一斉に、本社に一旦車で避難して、そこから歩いてきたという。
(本社は事務所よりは北にある。小学校からわりと近い)
るーくんの迎えに行かなければと思ったらしく 学校にまっすぐきたそう。


偶然 ここで会えたのが本当に奇跡。

「さーねえちゃんがどこにいるかわからないの」とすぐに話した。
すると ここでまた奇跡がおこる。
お父さんの携帯がさーねえちゃんとつながった!
さーねえちゃんは Nちゃんのお母さんに車で乗せられて高台にある自分たちの中学校に避難しているという。

お父さんとるーくんと3人でコンビニに停めた車へむかった。
さーねえちゃんを迎えに行こう!となり、そのまままた大通りを東へ高台の中学校へ向かった。

渋滞はしていたが 意外にまたすんなりと列に入れて、のろのろながらも車は進んだ。
何回も言うかもしれないが、ここに至っても 
私は、とにかくこういう時は家族みんな一緒にいたほうがいい という思いだけで、
津波がくる!避難しなきゃ!とは全く思ってなかった。
繰り返し鳴っているサイレンの音にも、
もしかしたら 多少の水が来ても 家の中までは来まい。ま、来ても2階があるさ。
そんな感じだった。

中学校に着いて、避難してきている人たちがちらほらと体育館に入ってきていた。
さーねえちゃんがいた!
大丈夫??どこにいたの??話を聞くと
私が車を停めさせてもらった あのコンビニで買い物中に地震にあったとのこと。
店員さんに誘導されて 駐車場のガードレールのようなものにみんなでしがみついていたらしい。
気を付けて帰ってと言われ、さーねえちゃんもすぐに私に連絡したが
家も携帯もつながらなかったという。
そこで コンビニからすぐ近くのNちゃんの家に二人で向かおうとしたら
Nちゃんのお母さんが車で現れて、乗せて連れてきてくれたとのことだった。

「自転車は??どうしたの?」

そんなのんきなこと聞いていた。

「コンビニに置きっぱなしで来たよ」とさーねえちゃんは言った。



つづく。
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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2011/12/02 06:14 ] 震災の記録 | TB(0) | CM(2)
こんばんは。

こるくさん…、実際にあったことだからとは言え、
物凄くリアルですね。
詳細なところまで、心の動きまで本当に。
読んでて、震えるほど怖いです。
報道の映像を見知ってしまっている後では
ハラハラせざるを得なくて。
よく、助かってくれました。
あれこれの意味を含んで、泣きそうですよ。
[ 2011/12/02 22:41 ] [ 編集 ]
史さんへ
おお、ごめんよ!泣かせるつもりはないからね。
まどろっこしくハラハラする書き方だけど

結果的には 私たちは津波で危険な目に合わずに済み、車も大丈夫だったので、ご安心を!

お父さんの通勤車は、会社に置いてきたので
残念ながら流されちゃいましたが・・・。

こうしてキーボードをたたいていると
忘れていた小さな事や、目に飛び込んで来たことが思い出されるのです。

文章にするならば 「こんなことまで書かなくてもいいじゃん」って思うところもあるかもしれませんが、記録として、今 覚えていることはどんな小さな事でも書いておこうと思ってます。

あ、文章は相変わらず下手なので そこはご愛嬌で許してね。

[ 2011/12/04 01:16 ] [ 編集 ]
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