ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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3.11~自宅から見た写真

ここでは 3月11日、津波が来たときに
家に残った おじいちゃん、おばあちゃんの話を書きたいと思います。

私がるーくんを迎えに出たあと 二人は一階で片付けをしたり
電池集めをしたり、茶の間や台所をウロウロしていたそう。

そうしているうちに 窓のサッシレール部分からじゅわじゅわじゅわっと水が入ってきたらしく!
それを見たおじいちゃんは
「おばあちゃん、津波きた!早く二階に行けー!」と叫んだそう。
おばあちゃんは あわてて廊下に出ると 廊下にも すーっと水が入ってきていたそう。
靴下は濡れるも、そのまま 二階に上がる。

おじいちゃんは バタバタと長靴を履き?持ち?(さだかでない)、懐中電灯、電池、
カセットコンロなどを持っていると
畳がゴボゴボゴボッ!!!と浮き上がってきたのだそう。

びっくりしてあわてて二階へ上がる。

そして このまま二人はしばらくの間 孤立した家の2階で過ごすことになる。

ジッチが 外の様子など 写真に撮っていた。
(デジカメのデータが消されてしまっていたので 現像した写真を撮影したものなので
写り悪いです)


どんどん 押し寄せる津波
P1000262.jpg

家の近所の事務所の様子 すでに車が・・・
P1000263.jpg

ベランダから物置、車庫を眺める。道路向かいの御宅の白い塀がギリギリ
P1000271.jpg




雪が止んだ。気づくとこんなにも水位が上昇。白い塀は見えなくなった
不自然に車がどこからか流れて来ている。
P1000268.jpg

玄関側。ジッチの車水没。白い天井が少しみえます。
灯油入れの物置も浮いてる
P1000273.jpg


夜は二人で、懐中電灯を照らし、物置の波線の模様の「上から何段目」まで上がった!、下がった!と
一晩中チェックしていたそう。
P1000272.jpg


廊下、階段下の方に 買い置きの缶ビールがぷかぷか浮いてきたのだそう。
それを拾って飲んだり、
買ったばかりで封を切ってなかった米も、たまたま階段下の押入れに入れてあったので
すぐに拾い上げたらしい。
泥水はきっと入っていたのだろうが(苦)

階段から一階を見下ろす 真っ黒い水
ものが散乱。灯油はマンタンでした。
P1000274.jpg

玄関にあった下駄箱が浮き、倒れる。玄関のドアを押し開ける形になってしまった。
これが邪魔になり、翌日私たちは 部屋の窓から家に侵入した。 
P1000269.jpg



それでも、その晩は飴一つくらいしか口にしなかったそう。
「なにか食べる」そんな発想はなかったと。

それよりも、私が出ていって それっきり帰って来ない。孫たちも、お父さんも。
とても心配しただろうと思っていた。

そうしたら よくわからないミラクルがまた起こっていたのです。

私の送った送信エラーのメールが、きちんと受信はできなかったらしいのですが
おばあちゃんの携帯に文字列が出たのだそう!!

そんなことってありえるのか?!
びっくりしたけど、

「○○子からのメールが、一瞬、ここの画面に映ってながれたの!みんなで中学校にいるって。だから大丈夫だと思った!」と興奮状態でいうのです。
でも、言ってることは合ってるから、きっとそうだったのだろう。。。
でも、お父さんは職場が海の前だし、まさか小学校で合流しているとは知らないので
とにかく お父さんの心配を二人でしていたそう。
「こんなところまで こんなに水が来たから ○○ちゃん(お父さん)はヤバイと思ったよ~」
と、ジッチ。おいおい、人のダンナを勝手に殺さんでくれー。

いやいや。なんにせよ、メールが一瞬届いていて?よかった。
とっても不思議なことなんだけど
ありがとう神様。ってしか言いようがない。

おばあちゃんは(いや、ジッチも)ただでさえ パニックだったと思う。

そして その晩の余震たるや ものすごかったから 逃げ場もないし
本当に怖かったと思う。
私や孫の安否をもし知らなかったら もっとパニくったと思う。
そして
ある意味、二人の部屋が2階でよかった。
着替えも 布団も 無事だったから。
普段、ジッチは部屋でラジオを聞いていたから 部屋にそのままあったし、
二人とも普段は携帯電話だって身に付けて持ち歩かない。自室だったから 手にしていたのだ。

おばあちゃんの部屋にゴミ袋も置いてあったらしく、雑誌や新聞の切り抜きを利用して
簡易的にトイレも作ってあった。

おじいちゃんの部屋で二人で寄り添って、余震のたびタンスを押さえながら寝ていたそうで
 本当にほっとした。

神様、この家を潰さないでくれてありがとう。
二階までの浸水がなかったのが なにより、感謝しなければ。

でも、私たちがここには帰れない。
もう 高校生と中学生の娘の体はデカイし、るーくんだけっても思えなかった。
もう、5人がバラバラになるのも嫌だった。
狭い ふた部屋だけの二階に7人は無理。
私たちはまた 中学に戻って過ごすしかなかった。
この時は はっきりそうは思わなかったけど、きっとそう判断したから
二日目も中学校ですごすことになったのだと思う。

とりあえず、来た時には たまたま水没せず、掛けてあった洗濯物から自分のズボンなどを
ジッチが取ってきてくれて
暖かくなりそうなものを厳選してジッチとおばあちゃんがゴミ袋に詰めてくれた。
バックも貸してくれた。

私は寒くて階段の中腹で立っていることしかできなかった。



↓翌日の玄関の様子。これで、外からは入れず、動かすこともできなかった。
玄関のチャイムが壊れてずーっと鳴っていた。掛けてある防寒着は無情にも水没
P1000276.jpg

↓茶の間となりの部屋。畳が 上に敷いていた上敷きとカーペットごと浮いている。
タンスが斜めになってる。 ここに洗濯物が干してあった。
濡れたものもあったけど、私たちの衣服はここにあるものだけがとりあえず使えるものだった。
P1000278.jpg

↓ここが私たち家族の部屋。
こたつの下にタンスが上向きに倒れていて、TVボードの下にTVがあったのにはびっくりした。
なぜか、PCはそのままデスクの上に。
ここの部屋の窓から 物を踏みつけながら家に入った。翌日はまだ 床にも浸水していた。
奥の寝室のタンスも残念ながら倒れていた。
手前に写っている本棚は転倒防止金具が一箇所だけ付いたままだった。
P1000277.jpg


私たちの家では もちろん家電、家具、ありとあらゆるものが全てダメになってしまったけど
まだマシな方。
大通り一本 はさんで 南へゆくと、こんなふうに 部屋に物が残っていないのです。
たった数百メートルで 大きく人生が変わってしまう。
波の勢いが強く、流れてくるものも多く、
窓ガラスは割れ、物が流出してしまい、ほかの家の庭先にうちのタンスが・・・なんてのはザラな話。
道路に出ているガレキのどれが自分の家のものなのかなんて もはや分からないという所もあったそうです。
片付けたくても 家に車が何台も入り込んでいるとか・・・。
それが、小学校の学区内だから 辛い。
家の中で祖父母の亡き骸を見つけたあーねえちゃんの同級生もいます。

そして 同じ中学校の学区が津波と火事で壊滅状態になるなんて。
子供達の友達、同級生が沢山住む街。
さーねえちゃんの級友も天国へ旅立ってしまいました。

「うち、土台しかなかったけど、筆箱と制服は見つけたんですよ!」と明るく言う子。

私自身も、同級生や先輩、ママ友が沢山いる街。

ジッチとバッパのことは 感謝します。
でも


やっぱり神様はいるのだろうかと思わずにはいられません。


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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2011/12/20 06:17 ] 震災の記録 | TB(0) | CM(4)
不謹慎だと、酷いヤツだと思われるでしょうが、
やっぱり、少しでもご縁がある人の無事を知って
胸を撫で下ろしました。

亡くなった方々には申し訳ないと思うけれど、
神様、ありがとう。
こるくさんご一家を連れて行かないでくれて。
ともちゃんさんご一家を連れて行かないでくれて。
そう感謝を捧げています。
[ 2011/12/20 23:10 ] [ 編集 ]
史さんへ
ありがとうございます。
そうだよね。ここにある生かされた命に感謝しなきゃ。酷いやつだなんて、思わないですよ、誰だって
同じ感情だと思います。ありがとう、史さん。心配かけたよね。


なんだかね・・写真を見ると ちょっぴりセンチメンタルになっちゃいますね。
この写真はまだ次の日なので綺麗なんですが
日が経つにつれて 水が乾き、ヘドロだらけになってしまうんですよ・・・

その当時は片付けも無我夢中でしたが、財産(たいしたものじゃないけど)を失った喪失感というか
、それを自ら捨てなければいけない悲しさとか。
本当に複雑な心境でした。
それを 奮い立たせてくれたのは
「自分よりも大変な人が沢山いる」という思いだったのかもしれません。
でも時には その思いに自分で「本当は自分だって大変なのに」って
押しつぶされそうになることもあって・・・
今だってそうです。
なにが「がんばろう日本」だ。と空しくなったり。

でも、こうやって思えること、これが生きてるっていうことなのだよ、
ね。

[ 2011/12/21 16:20 ] [ 編集 ]
私も、史さんと同様、こるくさん一家が無事でほんとによかったと思いました。神様がいるって思いました。
ブログ読むたび、地震直後からその後の大変さがリアルに伝わってきます。
がんばっているよ、こるくさんたちは。ほんとに頑張っている。頑張らなくちゃいけないのは私たち。
[ 2011/12/23 21:53 ] [ 編集 ]
京女。さんへ
返事遅くなりました。
京女。さんも、本当にありがとう。
神様は、きっといる・・・・。
被災した我々にとっては神はなんて惨たらしいことをするものだと 思えてなりません。
だから 私たちのように「生かされた」人間が
これからどうやって生きてゆくか、
子供達に「日常」を取り戻すためにどうしたらいいのか 日々考えてしまいます。

京女。さん、「頑張ってるよ」って言ってくれて
ありがとう。
でも、私なんか まだまだ 頑張り足りないんですけどね。

[ 2011/12/27 15:24 ] [ 編集 ]
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