ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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ちきしょう。


最近、子供達がよく話題にする言葉。

「○○ちゃんち、道路にひっかかるんだって」

「道路」とは

石巻の復興都市計画とやらで 新しくできる道路のこと。
津波被害が大きかった地域=復興都市計画の対象地域。
津波によってめちゃくちゃにされてしまった住宅街。

こるくの住む子供達の学区内。大通りを挟んで南へ行くと、この「対象地域」となる。

そこに また 大津波が来ても浸水を防ぐために
盛り土をした道路を作る計画があります。

南浜、門脇町地区は もはや 住宅は建ててはいけなくて
計画では、緑地公園になる予定。

海岸線から平行して 大きな高さのある道路を作る。

のは、いいのだけれど

その道路がはしる場所は、みんなが今現在住んでる場所なわけであり。


このへんじゃ、正式発表もない、わりと早いうちから噂は飛び交い
本当なのか、デマなのかと思っていたら
昨年冬から 対象地域ごとに住民説明会が順次行われました。

みな 複雑な思いだった。

夏休み前頃だったろうか。噂は飛び交っても、住むところがないんだもの。
避難所(学校)だっていつまでも居られない、仮設住宅は当たらない、借りれるアパートはない、
結局は形が残っている自宅がある人は 戻る人たちが多い。
戻れば、壊れた窓、トイレやお風呂は直さなくては生活が大変。
どうせなら床や壁・・・と、大工さんが空き次第工事する方も多い。

お正月。
みな、ようやく 自宅でつかの間の団欒をたのしんだと思う。

すっかりリフォームしちゃってから
「あなたの御宅、道路にひっかかりますので 退去してください」てな話ってありなんだろうか。

ま、半ば 開き直り、噂の時点で迷ったって 暮らせないから直した。って人も多い。
「道路の着工までの数年間はなんとかここで暮らせるから」って、
使い捨てリフォーム状態、みんな。


子供達は、特にるーくんは「友達が引っ越す=転校」って考えちゃうのかな。
なんだか 中学校に行ってもみんな バラバラになるんじゃないかって
考えてしまうようです。
仕方がないのだけれど、何年先になる話かもわからないし、今 そのことで悲しまなくてもいいのだけれど。

子供達なりに 「友達の家が大変だ」とは思うのでしょうね。

うちは お父さんの会社は引っかかりますが

今住んでいる家は道路にはひっかかりません。

だからこそ、子供達もそういったお友達とそういう話題になった時
どう言って接したらいいのか悩む事もあるようです。

私自身、やはり どういっていいのか 悩みます。
やりきれません。

みんな、やっと避難所生活が終わった、家を直した、とりあえず住むところ見つけて住んでても
次々と問題が降ってきて
積み重なって 山となって、
それでも 子供達の学校や日常生活は続いてゆくわけで。

ひっかからない家に住んでる私が こういうこと書いたって
きっと その人たちの本当の心の底の気持ちまではわかっていないわけで
すぐそばで見ているだけの傍観者になってるのかもしれない。

同じ被災地でも 一歩先ではこんなにも違うものなんだろうか。

同じように私も思った、何ども思った。

自分の家より数百メートル北に家があるだけで 被害がずっと軽い人、
同じく浸水しても 家財道具はセーフだった人、
使える道具や服や寝具があった人達に対して
はじめはね、「よかったね」って思ってたけど
だんだんと時間がたつにつれ、気が狂いそうになったとき

ちきしょうって思った。

それでも行政の下す罹災証明は同じ「大規模半壊」判定。
ハラワタ煮えくり返りそうになったけど。

浸水しなかった地域に住んでいる人たちなんかにゃ 恨めしくさえ思った自分もいる。


これと同じように、わたしよりひどい状況下の方々は きっとこう思ってるはず。

ちきしょうって。

ほんと、津波のバカヤローだよ。



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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2012/01/25 06:36 ] 被災地の今 | TB(0) | CM(2)
”ちきしょう”も”津波のバカヤロー”も
ごもっともです。
怒りの矛先、どこに向けていいのやら。ですよね、確かに。

今の政府だから、と限定する気はないけれど、
しかし、対応があまりにも後手後手にまわり過ぎのように思えます。
想定外だった、と、同じ被害を繰り返さないために
街の整備は必要なのは百も承知。
色んなことを踏まえたうえでの再興の計画が難しいことも。
だけど、今このときにも人は生活しているわけで、
それを先ず念頭において、最速で対応すべきでしたよね。
少なくとも、概要は示すべきでした。
不確定な噂が飛び交う前に。
無責任な噂が流れる前に。

もう…
何にどう怒っていいのか分からないわ。
私が怒っていいのかと言うことも…。

う、すみません。
何言いたいか分からないカキコになっちゃいました。
[ 2012/01/26 12:49 ] [ 編集 ]
史さんへ
ううん、謝らないでくださいよ。
何が言いたいのかなんて、私もわかんないのですよ、実の所。
「津波のバカヤロー」っていうのは家に戻れない間に帰りたくて
るーくんが言っていた言葉です。

石巻の中心部は、きっと過去何百年の歴史をたどっても
ここまで大きな津波被害はなかった。
先日書いた、大川小学校があった地区だってそう。
牡鹿半島や、それ以北のリアス式海岸沿いの地域は
津波の防災意識は高いようでしたが・・・。
だからって、津波対策用の防波堤があるわけじゃなく。

今回の津波は 岩手県のたかーくそびえ立つ防波堤だって乗り越えちゃったんだものね。

石巻の行政は、たぶん、いっぱいいっぱいなんだろうなぁ
って、つくづく思います。
お役所の方々も、みな被災者。みな初めての経験。
だから、いろんな専門家や 他の県からの応援でなりたっているのだろうけれど

ここまで街をめちゃくちゃにされてしまっては、また同じ場所に同じように暮らすわけにはいかない場所も、出てきてしまうのですよね。

住民との話し合いの場を持ちながら 話は進んでゆくようですが、ある程度は時間をかけてほしいところです。
被災者の感情は時間とともに変わります。
折り合いのつく最良の方法で街が復興することを願います。


[ 2012/01/28 03:57 ] [ 編集 ]
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