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ごきげんな こるく NO/2

 管理人こるくがゴキゲンになることの日記。 震災の体験の記録も書き始めました。

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震災メモから 電気の事とか。


前回 アップした、自分のメモを見て
改めて「これは自分のことだったのか」と思う。
今だ 自分のことじゃないような 信じられない感覚があります。

メモから見ると、当たり前のように その時は「学校が休み」でした。
学校からなんの連絡もなくただ休みになっている状況。
避難所の運営で先生方はてんてこまいだったとおもわれます。

でも、その学校から 初めて連絡が入ったのが10日目だった。
しかも、緊急連絡用のメール配信だった。
小学校は何年も前から、このメール配信システムを導入していたが
中学校は、導入からたしかまだ日が浅かった。
やっといてよかった・・・!じゃなかったら、各家庭で連絡網なんて回せないし(てか、みんな家が流されなくても電話回線も壊れてしまってます)どうやって連絡をとったのかと思う。
阪神大震災の時は どうしたのだろう。
こういうこと一つでも 全てのタイミングに驚いてしまう。

まだ 停電だったのに 携帯の充電が出来ていない人もいただろに。
携帯電話をダメにしてしまった人も沢山いただろうに。
でも、学校側は これしか 手段がなく
「メールで申し訳ございません。」「周囲の該当する方々にもお知らせください」という文面もあった。

我が家は 初めの私の携帯充電以外は、兄が持ってきてくれた「手回し充電器」を利用して行なった。
ずっと 子供達やお父さんが交代でぐるぐるとハンドルを回し続けた。
これって、すっかり充電が切れてしまったものに関してはかなり時間がかかります。
でも、相当助かりましたし 確実な代物です。


電気が来たのは この 2日後だった。
同じ石巻でも、中学校のあった高台のほうは 復旧が早かった。
たぶん メールが来たときは 学校には電気がきていたのかな。

おじさんの家の窓から 高台のほうが明るく見えたのを覚えている。
そのあと 一日づつ 明かりが増えていき、ようやく おじさんの家にも明かりが灯る。

それは この日の昼間に 電力会社の方が一軒一軒 回って ブレーカーを確認してまわり
危険がないか、漏電箇所がないか確認してからの「通電」だった。
おじさんの家のまわりは 被害が少なかったので
電柱も立っているし、各家庭もさほど配線もダメになっている様子はなかった。

そうそう余談ですが。
電気が来るまえに おじさん宅のお隣の家で
発電機を使用していた。知り合いのつてで借りてきたのだそう。
お隣の家には 我が家(おじさん宅)の9人をはるかに超える人数が 同居しているようだった。
家主の家族、その方の兄弟家族、奥様の兄弟家族、親やおじ、おば・・・と言っていた気がします。
な、何十人?!
向かいの御宅にも かなり人の数が見えました。
みなさん、この 安全地帯に身を寄せている様子でした。



我が家は、この段階では まだまだ電気どころではなく、後に電力会社さんに来てもらったが
残念ながら 電気が来ても家の中の配線がやられ
2階の一箇所となぜか一階の洗面所のプラグだけ使えた。
照明は2階のひと部屋だけ点いた。
まったくもって 津波被害とは 不思議なコトばかり。


結局のところ 12日間 電気の無い暮らしを体験したのですが
今思うと たった それだけの間だったのか?!と感じます。

すごーく とんでもなく 長い間、暗闇にほうむられ
寒く 音も無く さみしいような、そんな時間だった。

でも 慣れてくると ろうそくも悪くない。
TVがなくても みんなでおしゃべりしたり。
窓から入ってくる光光とした月明かり。
日があるうちに行動して 暗くなったら活動終わり、という生活。

悪くない といいつつも 現実はそんなにロマンティックなものばかりではなく・・・。

だから とても長く感じたのだろうか。
家の片付けに追われ、一日一日はあっという間だったのに。

それとも あまりに 電気のある生活に慣れすぎてしまっているせい?


電気がなくて 困ったこと。

夜、明かりが無い(本当に真っ暗)、携帯の充電ができない、電気ストーブ、ファンヒーター、こたつが使えない、炊飯器が使えない、IHや湯沸しポットはもちろんだめ。冷蔵庫はただの収納庫。。。
なによりも、洗濯機が使えない!!(水もダメだったからどうしようもないけど)

あげれば きりがないね。
これだけ、当たり前に電気の力に世話になっていることに 今はありがたみを感じます。




今でも 夜空をみると あの真っ暗闇でみた 星空を思い出す。
手が届きそうなほどのたくさんの星たち。
綺麗だけど 不気味だった。
 
夜空は なんだか 胸が 締め付けられる。



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ジャンル : その他
テーマ : 東北地方太平洋沖地震~The 2011 off the Pacific coa~

[ 2012/02/29 05:58 ] 震災の記録 | TB(0) | CM(2)
私の敬愛する人がね
「便利になったね。でも、便利って一体なんだろうね?」
って、ぽそっと発言したことがありました。
(ま、震災関係とは全然違うことについてだったんだけれど。)

その人は、メールよりも、葉書が好きだと言います。
葉書のスペースは、ちゃんと考えをまとめて伝えるのに
丁度いいって。
葉書にものを書くときは、タイムラグがあるから
その時間に冷静になれるからいいって。
本当に笑えることしか書けないし、
怒ってることも、悲しいことも
一旦は自分の中で熟成させられるからって。

こうやって、ネットでしか繋がりのない関係だから、
ネットを否定する気はないのだけれど、
やっぱりたまには「便利ってなんだろう?」って
立ち止まってみるのがいいのかもしれません。

そしたら、先走りすぎて
”目に見えない青白い炎”に手を出さなかったかも
しれないものね…。

あ、ごめんね! 記事の感想とずれちゃいました。^^;
[ 2012/03/01 11:38 ] [ 編集 ]
史さんへ
いえいえ!記事の感想とずれてなんかないです!
ていうかこの記事ね、自分でも何を書いているのか
訳がわかんなかったので(汗)
史さんのコメントもらって 何が言いたいのかがはっきりしました!
ありがとう!(こんなのでごめんね;)

>「便利になったね。でも、便利って一体なんだろうね?」

ほんと、その通り!!って叫びそうになりました!

私たちの場合は、便利と言われる状態からいきなり不便な状況に突き落とされたわけですが。
電気がないことが当たり前の環境だと ろうそく一つとっても「便利」なものに変わります。
マッチたるやスグレモノです。
究極にアナログな物が「便利」だったのです。
懐中電灯、ライターなんて電池が入っているだけで「電化製品」状態、画期的!
火事の危険がない分、持ち運びにも適応していて完璧な「便利なもの」です。

なのに、電気が来ている状態が当たり前になった今は これらの優れた便利な物たちはリュックの中で眠っています・・・。

電化、デジタル化、ネット化、どんどん便利になっていくのはいいことだと思います。
けれど そのことのメリット・デメリットは勿論なんだけど
その反対側にあることの良さも知っておかなければいけないと思うんです。
災害時に関しては アナログな物の使い方を知らなかったら、せっかく「便利な物」があったとしてもただの「不便利」な物になってしまう。

メールの便利さも快適だけど 葉書きの情緒良さを忘れてはいけないよね。
自ら立ち止まってみることは なかなか難しいことですがね。
[ 2012/03/02 00:15 ] [ 編集 ]
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